
色んな植物が咲き始め、種取りを終えて空き地を手入れしていた夏。秋まきの種を育て始めた。地域マンパワーは不足しているし、除草剤は使いたくないと言う人も多いので草刈りをしなくてもいい環境調整の実験中。置換、という表現がしっくり来るけれど、何故に花を植えるのかと訊かれることが多い。食べるものも植えていますが、と思いつつもきっとそういう話ではなく、ここら辺が文化と共に育っていない部分なのだろうなと考えていた。通いの地域の人に聞こえるくらいに花を植えていることを非難されるくらい、その割に非難の材料が欲しいものだからこれは何かあれは何かと訊いてくる。花ひとつ植えるだけで面倒すぎてこちらのことはどうでもいいから自分の花を咲かせろや。とは言っていない。懲りずに試行錯誤しながらあれこれと植えてみるけど、若い世代がこんなこと言われたらやはり「何もしない」になるだろうと予想はできる。
秋冬は分かりにくいけれど、春夏は圧倒的に人が足りていないことが道を通っていて分かる。長野は森林は間伐などで手入れされている地域が多いけれども、ここは組合があるのかないのか森林も手つかずの状態。森林税、何処に消えているのか。
歳を重ねてもどんどんやれやれ、と言える自分でいたいものだな。